
友達に会える窓
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人 物
阿澄理子(7)小学二年生
恩田叶恵(かなえ)(58)家政婦
阿澄薫子(36)起業家、理子の母
○阿澄邸・理子の部屋(夜)
天蓋付きのベッドと、本棚付きの勉強
机がある。本棚には絵本と児童小説。
勉強机の横に、はめ殺しの窓が一つ。
ベッドでライトをつけて絵本を読んで
いる阿澄理子(7)。
激しく咳き込み、絵本を枕元に置く。
パジャマの首元を緩め、深呼吸する。
理子「ふう……大丈夫、大丈夫……」
足元に差す月明かりを見て、ゆっくり
と顔を上げる理子。
ベッドのカーテンをめくり、窓を見て
笑顔になる。
理子「あっ!」
雨粒がついて曇った窓ガラスに、指で
書かれた『だいじょぶ?』の文字。
文字の横には、桜の花びらが貼り付け
てある。
理子、ベッドから慎重に体を下ろす。
スリッパを履いて、窓のそばに行く。
少し背伸びをして、窓のフチを掴む。
窓に貼り付いた桜の花びらを指でなぞ
り、微笑む理子。
理子「もう、桜が咲いてるの?」
理子、背伸びをし、窓に指を当てる。
下の方に『きのうより、げんき』と
書き、咳き込む。
部屋の外からノック音。
カップが乗ったお盆を持っている恩田
叶恵(58)が入ってくる。
叶恵「理子お嬢様、お加減はいかがですか?
お薬の時間ですよ」
理子、窓の下で丸まって咳き込む。
叶恵「まあ! 夜は冷えますから、ベッドへ
戻りましょう」
叶恵、勉強机にお盆を置いて、理子に
駆け寄る。
理子の体を支え、ベッドに横たえる。
背中をさすりながら。
叶恵「少しずつ、良くなっていますからね」
理子、小さく咳き込み、叶恵を見上げ
る。苦しげな笑顔で。
理子「また学校、行けるかな」
叶恵、眉を下げ、言葉に詰まる。
小さく頷いて。
叶恵「……ええ、そろそろ」
理子、窓の方角を見て。
理子「桜がね、咲いてるみたい」
叶恵、眉を寄せる。
叶恵「なぜそれを……」
理子「前にみんなと会ってから、一年も経っ
ちゃったのね」
叶恵「長いようで、短いですとも」
理子、叶恵の腕を強く掴んで。
理子「きっともうみんな、背が伸びて、髪型
も変わって、好きなお菓子だって増えてる
んだわ」
叶恵、理子に微笑む。
叶恵「それなら、お嬢様はたくさん教えても
らえますね」
理子、叶恵を見つめる。
理子「……まだ、ちゃんとしたお友達じゃな
くっても?」
叶恵、頷いて。
叶恵「これから、たくさんのお友達に囲まれ
るに違いありません」
理子「そうかしら……。そうだといいな」
理子、苦笑いで顔を枕に埋める。
窓の外の雨が強くなる。
○同(朝)
晴れている窓に、四葉のクローバーが
貼り付けてある。
理子が咳き込みながら、窓辺に立つ。
笑顔で四葉のクローバーを指でなぞ
る。
○同(夕)
雨が降っている窓に、紫陽花の花びら
が貼り付けてある。
曇った窓ガラスに『あめもたのしい』
と書いてある。
理子、壁伝いに歩いて、窓辺に立つ。
窓に指で『かさをさしてあるきたい
わ』と書いて、笑う。
○同(朝)
晴れている窓に、ひまわりの花びらが
放射線状に貼り付けられている。
理子、車椅子から窓を見上げ、笑って
拍手する。
○同(夕)
雨が降っている窓に、紅葉が貼り付け
てある。
曇った窓ガラスに『くりはおいしい』
と書いてある。
理子、叶恵に体を支えられながら、窓
に指で『わたしもすき』と書く。
叶恵、窓を睨み、唇を震わせる。
○阿澄邸・ラウンジ(夜)
暖炉のある広い居間に、アンティーク
調のテーブルとソファがある。
ワイングラスを揺らしながら、暖炉の
火を眺めている阿澄薫子(36)。
ガウンを着て、足を組んでいる。
薫子に酒のつまみを持ってくる叶恵。
薫子、火を眺めたまま。
薫子「ねえ、叶恵さん」
叶恵、手を止めて、薫子を見る。
叶恵「なんですか、奥様」
薫子「来年の春まで、もたないって」
叶恵、口を開けて固まる。
叶恵「そんな……。まだ……」
薫子、片手で額を覆って、うつむく。
薫子「あの子に今年の桜、見せてあげるべき
だったと思う?」
叶恵「それは……」
薫子、首を振って。
薫子「私も、別れた彼もね、健康だったの。
年に一、二回風邪を引くかなってくらい。
だから、だからね……甘く見てたの」
叶恵「奥様……」
叶恵、薫子の隣に行き、肩を支える。
薫子、ワイングラスを落とし、両手で
顔を覆う。
薫子「なんてひどい親なの! あの子、きっ
と幸せなんて一度も感じたことがないわ!
なんで私たちのところに来ちゃったの?」
叶恵「奥様、奥様……」
泣きじゃくる薫子の背中をゆっくりと
さする叶恵。
ラウンジの入り口で、二人を見ている
車椅子の理子。
○阿澄邸・理子の部屋(夜)
車椅子に座り、涙をぬぐっている理
子。
月明かりが差し、顔を上げる。
理子「あ……」
雨が降っている窓に、クリスマスロー
ズの花びらが貼り付けてある。
曇った窓ガラスに『おそとであそぼ
う』と書いてある。
理子、立ち上がり、ゼエゼエと荒い息
で胸を押さえながら、窓辺に行く。
窓のフチを押さえつけて。
理子「ねえ! わたしを連れて行って! お
願い、この冬じゃなきゃダメなの!」
理子、激しく咳き込み、うずくまる。
理子「お外で、あなたと遊びたいの……」
理子、立ち上がり、窓をドンドン叩
く。
理子「お願い! お願い、連れて行って!」
叶恵が部屋に駆け込んでくる。
叶恵「お嬢様! 一体どうされたのですか」
理子の体を後ろから支え、窓を睨む。
叶恵「忌まわしい……! お嬢様はやりませ
ん!」
理子、叶恵の腕の中で暴れる。
理子「叶恵さん、離して!」
叶恵「なりません! このままお部屋を移動
しましょう。……いいえ、明日にはこのお
屋敷を出ますよ!」
理子「どうして!?」
理子、振り向いて叶恵を見つめる。
叶恵の腕を掴み、眉を寄せて。
理子「あの窓の向こうには、お友達がいる
の! たった一人のお友達が!」
叶恵、目を見開く。
叶恵「何を、馬鹿なこと……」
理子、強く首を横に振って。
理子「馬鹿だっていいわ! もう誰もわたし
のことを覚えてないけど、窓の向こうのあ
の子だけは違うの!」
叶恵、口を開けてパクパクと動かす。
理子「わたしをずっと、見ててくれたの!
この世界でたった一人の、お友達なの!」
叶恵「……やはり、放っておいたのが間違い
でした」
理子「間違いって何!? わたしが生まれて
きたこと? そんなの……!」
叶恵、理子を支え、床に座らせる。
抱きしめて、背中をさすりながら。
叶恵「いいですか、お嬢様」
理子「なに、なんなの……?」
○阿澄邸・外観(夜)
理子の部屋の外に崖がある。
断崖絶壁の海辺に建つ、古い洋館。
叶恵の声「あの窓の向こうには、海しかあり
ません。人は立ち入れないのです」
○阿澄邸・理子の部屋(夜)
叶恵に抱きしめられている理子、目を
見開いて固まっている。
理子「え……。え……?」
叶恵「お嬢様の心の支えであることを知りな
がら……申し訳ございません。私は、あの
窓を壊します」